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富田一嗣さん・万里子さん夫妻は、夫婦で絵付けを担当して以来20年が経つ。由緒ある寺の注文から、個人オーダーメードまで幅広くこなす器用さは、夫婦の息の合ったリズムがあってこそ。
その二人の制作のコツを、それぞれの歩みを交えて聞いた。
--お二人それぞれの制作のきっかけを教えてください。
一嗣さん:「私は窯元の三代目なんですが、もともと、継ぐこと自体は全然考えてなかったし、継がないと言い切ってたんです。将来は、学校の先生になりたくて、大学は社会学部に進んでいました。でも、3回生になる頃、祖父の具合が悪くなって、“こっちの道に入ってくれないか。戻ってきてくれ”と言われたんです。そう言われてからは、全然抵抗はありませんでしたね。祖父は青瓷、父親はろくろをやってましたから、私は絵付けを専門にと。訓練校に行って本格的に絵付けを学んで、卒業後は3,4年ほど外に修行にでました。」
万里子さん:「実家が、呉服屋で手描き友禅を手がけていました。嵯峨美術短期大学の日本画を卒業してからは、私も父の仕事を手伝っていたんですが、たまたま父が、主人の店によく出入りしてましたので、その縁で嫁ぐことになりました。家を手伝うために陶磁器を学んだのも、結婚してからなんです。絵はもともと描けるから、友禅でも陶磁器でも大丈夫だろうと。絵からは離れられなかったですね。」
--苦労やとまどいはありませんでしたか?
一嗣さん:「始めは花びらの形も描けなかったのですが、“描けません”では仕事になりませんからね。雲錦という柄は描き出して24,5年くらい経ちますが、5,6年くらいたってから、ちょっと描けるようになったなと思えました。花びらの重なり具合とか、花の大小のバランスとか、ちょっと変わるだけで雰囲気が違うので、何十種類ものパターンに応えられないといけない。それに応えられるようになってくると、雲錦の仕事が次々に入るようになってくる。一番注文の多い時では、同じ雲錦だけでも20数種類ありました。」
万里子さん:「私は、絵具の使い方で苦労しましたね。友禅と陶磁器では、全く絵具の使い方が違うんです。陶磁器は、焼いてから色が変わりますでしょう。それに、布海苔の使い方も違う。」
一嗣さん:「陶磁器は、絵具を盛るような感覚で使います。布海苔の調節で、色むらができないようにするんですが、盛っていく絵具の量に対して、布海苔の量を勘で調製する。これくらい盛ればこれくらいの色に焼きあがるという計算です。また、同じ緑色でも、全部一定に塗ってしまうと、本当に転写と変わらないものになってしまう。私は、手塗りの味を出したいので、濃さを調節して、塗り分けています。」
万里子さん:「私の場合、陶磁器に絵付けするのにも、友禅の日本画的な感じが残るんでしょう。お客さんからは“着物みたいやね”って言われたこともあります。“そんな技術は今までやった人がいない”と主人には言われたのですが、陶磁器にぼかしを入れて、友禅の技を生かしてみたり、私なりのアレンジもしています。」
--夫婦として仕事をする強みは何でしょうか?
万里子さん:「ダイレクトに話が早いことですね。お客さんが思ってることをすぐに反映できることです。」
一嗣さん:「お客さんとすり合わせをする時に、絵の配色とか配置とかある程度抱いているイメージや、やれるかやれないかの判断を、すぐに伝えられるのは大きいですね。どんな色になるのか、全部計算してサンプルを作らないと、サンプルでダメを出されたら、無駄になってしまいます。最低でも2つ3つは、サンプル作りますね。」
万里子さん:「一個から注文を受けるんですが、どんな時でも一番大事なのはお客さんのイメージと合わせること。例えば、源氏物語だったら文献と照らし合わせて、その時の衣装とか雰囲気とか、全部調べますね。その手間はちょっと大変ですけど、合わせていかないとだめですから。」
--仕事の面白みは?
一嗣さん:「お客さんに喜んでもらう時ですね。自分が好きなものが描けるオリジナルも、面白さがあります。」
万里子さん:「私も、“イメージ通りですわ”とお客さんから言われたら、嬉しいです。陶芸教室もやっているんですけど、生徒さんがコンクールで賞をもらったりすると、それもまた喜びです。」
--これからもどんなものを作っていきたいですか?
一嗣さん:「今は、よそに無いものとか、個性のあるものといった風にオリジナリティーを求める時代。難しい注文も来るんですけど、どんな注文にも対応できるように常に挑戦はしていきたいです。」
万里子さん:「今のお客さんは待ったなしなんです。注文すれば、今すぐ欲しいという方ばかりで、窯詰めの段取りが大変ですが、お客さんの喜ぶ顔にはこれからも応えていきたいです。」
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